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ハト豆ねっと


おしゃべりインタビュー



ハト豆記者のおしゃべりインタビュー!

今月のインタビューは
民生委員・児童委員の
『千葉多鶴子』さんです。



みんなの立場に立って解決のお手伝い
子育てのこと、学校のこと、介護のこと、
■■■経済的なことなんでも気軽に相談を!

悩みがあるけど誰に相談したら良いのかしら?
情報や価値観の多様化により、地域の繋がりが薄れつつある現在社会。
子育てのこと、学校のこと、介護のこと、経済的なことなど、日々の暮らしの中で困ったり悩んだりしたことなどを、地域住民の一員として、一緒のまちで生活しながら、常に住民の立場に立って、心配ごとや困ったことを解決するための手伝いをする『民生委員・児童委員』の役割が、改めて見直されています。
そこで、あなたのまちの身近な相談役として11年、その他各方面でご活躍の民生委員・児童委員の千葉多鶴子さん(65歳)を訪ね、民生委員活動を通して感じたことや思いを聞いてみました。



ハト豆: 民生委員になったのはきっかけは?

千 葉: 思い起せば11年前、自治会の役員さんが民生委員依頼の懇願に来宅され、民生委員の何たるかを理解せず、当地に居住して10年足らずで地域に受け入れてもらえた嬉しさで「私でお役に立つことができるならば・・・」と引き受けましたが、日が経つにつれて不安が押し寄せてきました(笑い)。

ハト豆: 何故ですか?

千 葉: お引き受けはしたものの、私はその時まだ、民生委員について正しく理解していなく、自信がなかった。
たまたま、知り合いがいた当時の鳩ケ谷市福祉協議会に出向き、民生委員成立の経緯から活動主旨に至るお話を伺い、お役目の重要性と自分の浅はかさに気づきました。
初の一期3年間は、月一度の定例会で指示される活動でいっ杯いっ杯で回りを気遣ったり見守ったりの余裕もなく、名前だけの民生委員だった気がします。

ハト豆: 民生委員とは?

千 葉: 民生委員は、厚生労働大臣から委嘱され、それぞれの地域で、住民の立場に立って相談に応じ、必要な援助を行ない、社会福祉の増進に努めるとされています。
児童委員も兼ねています。

ハト豆: 民生委員の制度はいつから始まったのですか?

千 葉: 大正6年に岡山県に設置された「救世顧問制度」と、大正7年に大阪府で始まった「方面委員制度」が始まりとされているそうです。

ハト豆: 民生委員って、どんな活動をするのですか?

千 葉: 1年に一度65歳以上で生活している世帯の訪問依頼が市から来ます。
訪問活動は私にとって地域コミュニティのあり方を考える大切な活動だと思っています。
「ああ、あそこのおじいちゃんは、70歳をとうに超えているのにいつも元気はつらつと生活している。その調子でいつまでも頑張っていてほしいなあ」。
その一方で、ご夫婦のどちらか一方を介護しながら、ご自分は持病を持ち、いつ共倒れになるかと心配している方もいます。
「あの方はどうされたかしら?」
息子さんがいるのだけれど50過ぎの単身者で、昼間は働いていて留守。
杖を使いながら買い物袋を提げてゆっくりと歩いている高齢の方の姿も目にします。
「去年はあんなにお元気だったのに・・・」
毎年、11回もお訪ねすれば、1年が3年も経過したのではと思うようなお姿に接することもあり、老いの足音の早いことにショックを覚えたりします。
そして自分も必ず通る道であると言い聞かせながらの訪問活動です。

ハト豆: 訪問活動のほかには?
千 葉: あまり知られてはいませんが、証明書の発行や、同意の仕事もあります。
身寄りのないかたが亡くなったり、家族が引き取りを拒否された亡骸の火葬には、民生委員の同意サインが必要なのです。
何度かその経験がありますが、何度経験しても、亡くなった方の人生を思いやると、たまらなく辛いものがあります。
生まれたときには良き子に育てと命名してくれた親がいたのですからね。

ハト豆: 民生委員は児童委員も兼ねているとか?

千 葉: はい。
今、民生委員は、民生委員・児童委員が正式名称で、子育て支援や見守りも仕事の一つです。
児童委員は、地域の子どもたちが元気に安全に暮らせるように、子どもたちを見守り、子育ての不安や妊娠中の心配ごとなどの相談・支援などを行ないます。
13ケ所の自治会会館をお借りして、月一回の子育てサロンを開き、新米のママの孤立を防ぎ友だち作りの場を提供し、相談ごとの相手をしています。
若い方たちはエネルギッシュで帰るころにはメールを交換し合い友だちの輪の広がりを感じさせてくれます。

ハト豆: 大変なお仕事なのですね。

千 葉: 夕飯準備の最中に「近所の家で子供の泣き声が止まないが、虐待ではないかとの通報が入ったので確認してください」と市役所から連絡がくれば、なにをおいても出かけます。
私たちはさまざまな相談を受け、問題を解決できる機関を紹介したりする役割があります。
虐待が本当なら心配ですし、手遅れにならないうちに解決の手伝いをしなければ・・・。
個人のプライバシーについても配慮しなければなりません。
その家の周りを目立たぬように、小一時間も旋回しながら、大事無いよう祈りながら見守り、その結果を市役所に報告します。
手抜き夕食になることも二度三度(笑い)。
でも、何事もないことが一番です。
事故や事件にならずホットひと安心です。

ハト豆: 東日本大震災の被災地に行ったと伺いましたが。

千 葉: はい。
昨年秋石巻市を訪ね、日和山公園から津波の足跡を見て来ました。
高台の公園からは街が一望でき、足下には小学校があり3階建ての屋上まであったガレキが震災の爪痕の大 きさを物語ってあまりありました。
海まで1000mたらず、どれだけの人がこの山の公園に逃げれたのだろう?
個人旅であったから説明してくれる人はいないけど、この公園を目指して逃げ惑っている姿が浮かび涙してしまいました。

ハト豆: 心に残した爪痕も大きかったでしょうね。

千 葉: 避難所から仮設住宅に移った高齢者の方から「寒かったけど、体育館に避難している時の方がよかった」と思いがけない言葉を聞きました。
なぜなら、避難所生活は確かに辛かったけど、みんなで力を合わせて支援物資の配布の手伝いや、共同で使用する場所の清掃など、助け合いながらやることがあった。
ここでは、3日も4日も誰とも話をしない日があると、言うのです。
それを聞いて、子供のなき声や、バタバタ歩く足音、プライバシーなんかなくても大勢の人の中にいる安心感、何かあっても気づいてくれる人のいる大切さに、気付かされました。
この街が存在していた時は、だれそれが住んでいる家だとみんなが知っていたであろう。
庭の花が咲けば、畑の野菜が育てば分け合ったであろうのに。
この仮設の長屋では、個々の生活を感じ取ることは出来ないのです。
遠いところからよく訪ねて来てくれた」と泣かれてしまいました。
心の中では、寄り添ってあげたい、もっと気の利いた言葉で励ましてあげたい、そんな気持ちでいっぱいなのに・・・私はただ黙ってその方の手を握ることしか出来ませんでした。
自分の無力さを哀しく思ったひと時でした。

ハト豆: 失ったものの大きさを改めて感じますね。

千 葉: 石巻を訪ねて日々の活動で心がけなくてはならぬことを沢山知りました。
人は人と繋がっていたい、自分の居場所や存在を認めてほしいのです。
これからは、奇抜な化粧やファッションで屯する子供たちにも声掛けしてみよう。
彼女たちも居場所や存在をアピールしながら躓いているかもしれないからと、思っています。



ハト豆: 個人情報保護法の影響などで地域コミュニティの状況も変わって大変ではありませんか?

千 葉: 確かに個人情報保護法・プライバシーなどの壁に阻まれ、分かっていても踏み込めない現実にジレンマを感じることはありますが、私は民生委員の活動を通して常に「困ったこと、悩んでいることを気軽に相談できる人」でありたいと念じ、存在を発信し続けています。

ハト豆: 民生委員は、ますますその重要性が求められてくると思います。ご活躍をお祈りしています。
本日は、どうもありがとうございました。




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